20世紀最大の謎 ツングースカ事件    

   Tunguska                

                                      … 1908年6月30日朝、中央シベリアに太陽よりも明るい火球が 飛来した …     


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   ツ ングースカ異変の概要                                                       



ツ ングースカ異変は未解決の現象であり学問の対象であるのにかかわらず、日本では研究しようとする専門家はいないようです。
時折TVで特集があっても内容 は、何かが宇宙から飛んできてシベリア上空で大爆発を起こしタイガを破壊した。というようなものばかりで、他の重要な現象についてはほとんど触れていませ ん。これはロシア以外の研究者も同じ傾向で、ロシアの研究者によれば「言葉の壁があるのだろうが西側には非常に多くの確立した事実が忘れられ、多くの情報 が無視されているし、重要な出版物が知られていない。また、一般的に西側の同僚たちはこの事件を単純化したがり、そしてたぶん状況を歪めている」と。
特異な事件で、どういう分野の専門家による調査研究が適性か判断がつかなかった時代もあるでしょうが、それでもロシア以外の国でも地球物理、地球科学、 地質、鉱物、天文などの学者が調査に訪れています。
しかし日本でこの現象に興味がない人ばかりかというとそうでもなく、何冊ものツングースカ事件のトンデモ本が発行されています。それらは大部分が異変地域 に行ったことがない人が、原書も読まず、異変が起きた状況にあいまいで矛盾した見解をもっていて、ネタ本から自分の気に入るところだけを選び出していま す。Webでも状況は同じでツングースカ事件に関することは孫引きだらけで、このWebからの孫引きもかなりの数あります。
問題が学問の領域である場合、これに関心を持つ人々は、通常それに関係する現象を出来るだけ詳細に調べ、その後でなければ、自分の意見を述べないのでしょ うが、ツングースカ異変については例外のようです。
ツングースカ異変は人口密度の低いシベリアで起きましたが、日本や世界の都市部で起きていたら大惨事になります。自然災害の被害を少なくするための方法の ひとつはその現象を正しく理解することにあります。このWebではできる限り原書に当たって調べたものを紹介してゆきます。

天と地における異常な現象のはじまり

1908 年6月30日の晴れた静かな朝であった。この日の夜明け頃、不思議なことが起こった。
中部シベリアの人々は、太陽に似た火の玉が突然あらわれて飛び行くのを、恐怖と不可解の念をもって見守った。それは雲のない空をものすごいうなりの音と、 すごいスピードを持って飛び、水平線の彼方に消えていった。……大地は震動し、小屋はゆれ動き、窓のガラスは飛び散り、炉からは燃えている薪と炭がそのま ま散乱した。ドアは大きな音をたてて開き、壁と天井からはしっくいがこぼれおち、棚からは食器が、神棚からは聖像がころげおちた。多くの場所で火災が起 こった。 これらのことが、目もくらむばかりの光と、耳をつんざく音を伴なって起こった。音のなかでは三・四回、ものすごく大きな轟音があり、それは約千 キロの半径までとどろいた。果てしなく広がっているタイガのなかに、まばらに散在していた部落の無知蒙昧な人々は恐怖に包まれた。 悪魔が煙と火焔を出し て、天空を走っているうち、神罰を受けて、轟音と悪臭を出して地上に落ちたのだろう。この世の中の終末がやって来たのだろう。これはそのための恐ろしい裁 判であろう……と。遠いところでは、突然きこえた轟音が大砲の音と考えられ、日本との戦争が再開されたのだろうという噂がとんだ。

                            (中略)

異 常な現象に気づいたものは、目撃者だけではなかった。地球の多くの地点において、観測器械の正常なリズムが破壊された。世界の大きな気象台は、すべて強い 空気の波が地球をまわるのを記録した。この時代における最良の気象台の一つであるイルクーツク気象台の地震自記計によって、気象台長アー・ウエ・ウオズネ センスキーは、1908年6月30日、現地時間の朝7時、イルクーツクの北方900キロ、ポドカーメンナヤ・ツングースカ川流域において、横揺れの不思議 な地震が起こったことを知った。地震の性質は、ウオズネセンスキーが取得したデータを公表するのにためらいを感じたほど異常であった。
エニセイ河から大西洋岸までの広大な地域の大気の中では、6月20日から7月末まで異常な光学現象が観察された。多くの地点において、異常に明るい空や け、天の強い放光、それから銀色雲の大量発達が観測された。このような現象が特に強くあらわれたのは、6月30日の夜から7月1日の朝にかけてであった。 ロシアとヨーロッパの地域の大部分において、6月30日から 7月1日にかけての夜は、実際上、存在しなかった。夕方の空やけが、朝の空やけのはじめまで続き、空の北部は一晩中あかるかった。このような現象がブレス ト・リトウスク、ペンザ、タムボフ、アトカルスカ、ツアリーツイン、スラビヤンスカ、チラスポル、ケルチ、シムフェロポルのロシア各地においても、またベ ルリン、コペンハーゲン、ケーニヒスベルグ、そしてバルト海沿岸各地で見れられた。明るい夜はさらにエニセイスクまでの西シベリア各地でも見られた。

 (以下略)

      『ツ ングース隕石の謎』より
         (原題『クーリックの道』ボリス・ヴロンスキー著 中山一郎訳 大陸書房 昭和47年刊

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凄まじい破壊の跡

異変の中心地は中央シベリアの奥地だったため、破壊の跡が世に知られるようになったのは1927年レオニード・アレクセエウィチ・クーリックの調査隊が現地を おとずれて報告してからだった。彼 らが見たものは、……林の徴候さえ見えない。すべてが倒され、焼かれている……『死の森林』だった。そして倒れた木が、時計の針のように輻状に横たわり、その先端は遠心的に向いていることを確かめた。彼はこの中心に巨大隕石が落下したと考えた。その後の詳しい調査により爆発のエネルギーは 4.2×1023〜1.77 ×1024erg、TNT火薬10〜40メガトン(15メガトンがもっとも有力)に相当し、爆発の起きた高さは5〜10kmとされている。倒木の範囲は半径20〜30km、2150±25km2になり、倒木 の区域はちょうど蝶が羽を広げた形に見えるため『ツングースカ・バタフライ』と呼ばれる。

 

touboku         フシマ川右岸の倒木(1928年撮影)

                    

ツングースカバタフライ

  (1) Bronshten (2000)説のTCB(Tunguska Cosmic Body) 飛行経路 a=103°
   (2) Krinov(1949)説のTCB飛行経路 a=137°
   (3) Astapovich(1933)説のTCB飛行経路 a=192°
 TCBの飛行経路などは研究者により様々な値が求められているが、なぜこんなに違った値になったのでしょう?
 詳しくは飛行経路へ。

そして謎は深まった

クーリックはクレータ状の窪みを隕石の落下場所のひとつと考え必死で捜したが何も見つから なかった。ツングースカ物体は地上に激突することなく、クレータを残さなかったばかりか破片すら見つかっていない。
ツングースカの謎と、クーリックの熱意に惹かれ何人もの研究者がツングースカ異変地域を訪れ、今もなお調査は続いている。
調査が進むほど従来の隕石落下には伴なわない異変現象が発生していたことが明らかになり、それは異変地域だけではなく地球規模 でおきた可能性がある。
彗星の衝突か、それとも小惑星の衝突か? ツングースカ物体は隕石 なのだろうか。今でもど こかに眠っているのだろうか。はたしてチェコ湖はツングースカ物体の破片による衝突クレーターだろうか。
核爆発に類似した地磁気嵐、現地の植物や昆虫の遺伝子突然変異や、岩石・土壌のサーモ・ルミネセンス異常のような放射 能の影響とも考えれれる現象が存在しているのは何故か。
ツングースカ物体の正体は依然として不明なままである。

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