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その中でも忘れてはならない御一人が、故・草場修氏だろう(すでに忘れられているような気がするが)。この人のことを知ったの
は中学2年生の冬だった。この頃には生存していてもかなりの高齢になっていたのではないだろうか。 1930年代、草場氏は橋の下や、ゴミ箱のかげ、土管の中から夜毎星を眺め、見える星を記録して行き、粗末な道具で星と星との位 置関係を正確に描いていました。氏の作業は「星図」を作っていることになります。「星図」は恒星などの相互位置と明るさの目安を与えて、ある星をたやすく 見出すためにあります。星座に興味を持つと星座早見盤を使って星を見つけ、更に詳しく知りたいと思い、天文の趣味にのめり込む人は「星図」を購入すること になります。星座の星を調べるほか超新星、彗星、小惑星などいつもはその位置にない天体の捜索には欠かせないものですが、1930年 代に日本で出版された星図はなかったし、外国の星図はアマチュア天文家が入手できるはずもなかった。 「星を観測している、ルンペン」がいる、ということが山本博士の知ることになり、草場氏が描いた星図を見た博士は「見 事だ、このような精密な肉眼星図は世界にない!」と激賞されたといいます。草場氏は山本博士の指導の下に肉眼星図を完成させ、「草場簡易星図」として出版 しました。その出版は天文界で大きな話題となり、当時の新聞などに「ルンペン天文学者、星図を完成」と記事がでたそうだ。 もちろん実物は見ていな
いが、昭和16年(1940年)5月に恒星社から発行された野尻抱影氏の「星」の巻末に広告があるのを見つけた。(左の写真) その後、昭和21年にも神田茂博士の校訂で「新撰全天恒星図」が出版されたようだ。 路上生活者の草場氏が星を見つめた動機はいったいなんだろう。星が好きで興味を持っていたからは間違いないが、いつの頃から興味を持つようになったのだろう。路上生活者になってからなのだろうか、星が好きだったから路上生活者になった…訳はないだろう。 地位も名誉も財産も身寄りもない一青年が星空を見上げ、星を記録するとき邪念はなく。夜明けに観測を終えると、真理に 近づいているという喜びが僅かにこみ上げてくるのだろう。 自分はこんな純粋な気持ちで星を見たことがあっただろうか? |