隕石亭雉子星>カノープス

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           カノープス                                              



星 に興味を持ってからは見える星座は片っ端から見つけ満足していたのだが、どう足掻いても見えないものがあり、見えないものはよりいっそう魅惑的なものと なっていつまでも心に残る。星に興味を持つ前から漠然と憧れていたのが「南十字星」だ。十字架のいちばん上の星は小笠原諸島あたり に行けば見えるということが判ったが、いちばん上の星だけを見ても面白くもなんともない。「南十字」は 十字架の形に見えなければしょうがない、日本の領土内では見えないのだ。外国に行かなければ見えないと判ると興味は半分以下になった。10代の頃は外国、 特に南の国へ行ける筈ないと思っていた。

春 休みの頃、雪が降り止んだ南東の空には「うみへび座」が鎌首をもたげ、徐々に高く伸び上がってくる。長い長い「うみへび」の尻尾が山影からようやく姿を現 して暫くすると、「うみへび」の背中を嘴で突っついているような「からす座」が南中する。「からす」の真南に「南十字」が綺麗に均整のとれた姿で輝いてい る筈だった。「からす」から「南十字」までは約30度離れている。つまり少しだけ視線を上げて見る「からす」のように「南十字」を見るには新潟県から30 度南、赤道近くまで行かなければならないのだ。
「うみへび」と「南十字」の間には「ケンタウルス座」があり、これも魅力的な星座だ。太陽系にいちばん近い恒星αケンタウリ、大きな球状星団ωケンタウ リ。だがこれらも日本からは見えないのだ。屋根の近くにまである雪の上で望遠鏡を覗いても「ケンタウルス」の星々は靄に埋もれさびしい眺めだった。

初 めて火星に接近し21枚の写真を電送したアメリカのマリナー4号。1965年7月の事だった。まだ火星には運河があるようなことが言われた時代だったよう な気がする。そんなこともありいったい火星の表面はどんなだろうと非常に興味を持って写真を眺めた。意外なことに月のようにクレーターが多いということ だった(考えてみれば当たり前のことかもしれないが)。それよりも惹かれたのが、マリナー4号の長い旅路の案内を務めたのが、「りゅうこつ座」のα星・カ ノープスだったということだ。月にロケットを命中させるにも苦労していた時代だ、月に狙いを定めロケットをぶっぱなしても、月の位置はロケットが離陸した 時と大きく位置が変わっている。ましてや火星である、どうやって火星に近づくのだろうとのボンヤリとした疑問があった。その疑問が案内星というキーワード で解決したような気持ちになった。マリナー4号のレンズはいつもカノープスを見て、カノープスと進行方向の角度を調整しながら火星にたどり着いたという訳 だ。案内星にカノープスが選ばれたのは、明るい星であり(光度はシリウスに次ぐ2番目の輝星)、周囲にあまり明るい星がないということらしかった。

だ が、この星も……冬の輝星シリウスからほぼ南へ約40度、「南十字」よりわずかに北にある、関東以北では見られないのだった。関東地方では簡単に見られる かというと、カノープスが南中する頃のほんの僅かな時間しか見るチャンスはないし、地平線ギリギリの位置になるため靄やガスがあったりしてなかなか見ら れないのだという。まして南に山や、高い建物があったりする場所からは無理なのであった。関東地方の天文ファンでも憧れの星なのだそうだ。
高い山に登れば少しは見やすくなるので、福島県の天文同好会は冬の安達太良山に登りカノープスを見ようと企てるが、今年もガスのため失敗、というような記事が天文雑誌に載ったりした。

南極星、老人星、布良星、入定星……カノープスの和名はいろいろある。この星を見ると長生きできる縁起の良い星だと か、この星が見えると嵐になるという言い伝えも残っている。日本からは南中高度が低く見えにくいからなのだが、確かに今まで見えなかったところに大きな明るい星が海面すれすれに輝いていれば特別注意される。

1971年に川崎市から横浜市磯子区汐見台に引っ越した。高台で南に面した崖っぷちに建つ5階建ての寮の5階の一室が 割り当てられた部屋だった。見晴らしが良く、ここならカノープスが見える筈と嬉しかったが、やはり靄やガスで簡単には見えないのだった。
1972年1月15日、低気圧の通過で暴風雨となった。この風雨でスモッグも塵も吹き飛ばされたようだ。翌日は素晴らしい天気になり、富士山が麓から頂上までくっきりと見え、今まで見たことのない遠くの景色もはっきりと見えた。
21時頃に部屋の明かりを消して、窓を開けて「大犬座」からたどってカノープスの現れそうなところを見つめていた。21時15分過ぎ、山のすぐ上に弱い赤 い光を見つけた、胸が騒いだ……あれがそうなのだろうか。その光は暫くして消え、また現れる。……灯台の灯だろうか。望遠鏡で見ると靄が潮のように流れて いる。その靄の流れで赤い光は見え隠れしているのだった。星だろうか、あれほど赤い星があるのだろうか。……やっぱり人工の灯か……。
カノープスは青白い星だという。だが日本では低高度のため大気の減光で赤い色になって見えるはずだ。それでもあの光は赤すぎるように思えた。
ところが動いているのだ、じっと見つめていると確かに日周運動している。やっぱりカノープスだ、それは7年目に会えた憧れの星だ。

カノープス


横浜市磯子区汐見台からのカノープスの光跡
1972年1月16日 22時05分から5分露出
(気 流の乱れで光跡もギザギザ)




 

 
翌1973年6月28日、日食の観測地、サハラ砂漠の端っこケニアのライサミスに着いた。その夜は快晴だったので流星観測をすることにした。サソリや蛇がウジャウジャいるという話も忘れ、テントから離れ地面に寝転んで空を見上げると、もの凄く明るい青白い星が2つ。シリ ウスとカノープスだった。本当に青白くシリウスそっくりだったので、あの真赤なカノープスと全く印象が違っていた。

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